私が一番最初に馮先生の通訳を担当したのは1991年でした。その時、私は北京市 外国企業服務公司教学部の専属教師で、馮先生も同じ教学部で教師を兼ねていました（その時代、外国人に教えるには外国企業服務総公司教学部を通さなければならなかった）。 その年習いに来たのは前野慈作先生の団体20人近くで、練習場所は崇文門ホテル12階のエレベーターホールでした。
　私は馮先生の通訳をする前、教学部で「馮志強は只の普通の労働者で、多分字もそんなに読めないだろう、なのに日本人は彼に太極拳を習いにくるし、更に毎年日本へ招聘するそうだよ！」と言う噂を聞いた事が有りました。だが、私は実際馮先生の講習を通訳してみて、その噂話はまったく実際の状況を知らない推測だと分かりました。馮先生は字が読めるばかりでなく、学識が広くて深くて、そして分かり易い言葉で哲理の深い内容をハッキリと講義が出来る方でした。私はそれを通訳して、粛然として襟を正す様になりました。馮先生も私の通訳に満足の表情を表して、その一回目の合作を通して私達二人は親しい友人になりました。
　教えるプロセスの中で馮先生は、日本人の生徒さん達が皆とてもまじめに習っているのを見て、嬉しくてしきりに褒めました。特に「ほら見てごらん、塩井さんの目は電球のように光っている」と言う感嘆の言葉は印象的でした。私は馮先生の目線の方向を見たら、人群れの中で一人の若くて奇麗な娘さんが両目を大きくして馮先生の一つ一つの動作を注意深く見て、一つも見逃さないように習っているのを見かけました。私は彼女の名前が塩井だと記憶しました。
　思いがけない事に 翌年、 その塩井さんが私に、許先生に中国語を習いたいと言ってきした。それ以来彼女は、馮先生に太極拳を習う前に一人先に北京に来て中国語を勉強し、後半ご主人の塩井孝さんと古屋文人さんと合流し、毎年三人で馮先生に気功と太極拳を習う様になりました。あれからずっと2011年１月まで続け、中断した事が有りませんでした。後になって日本の他の太極拳の団体も馮先生に習いに来る様になったので、私と馮先生の付き合いは更に密接になり、馮先生と莫逆の交わりになりました。交流を通し、馮先生のたくさんの優秀な品質と人格の魅力を感じました。

一、虚心坦懐
　馮先生は世界で名高い一代の宗師になっているにもかかわらず、少しも尊大ぶったところがなく、いつも虚心にして他人の意見を受け入れる広い心を保っており、本当に虚心坦
懐、海がすべての河の水を受け入れる境地に達していました。私が何か意見や考えがあった時、いつも顧慮なく馮先生に話し、馮先生もいつも楽しく聞いてくださり、受け入れてくださいました。たとえば、1999年塩井さんご夫婦と古屋さん達が馮先生に拝師したいとお伝えした時、馮先生は日本が中国を侵略し、占領した年代を経験したので、最初日本人の生徒さんを弟子として受け入れることに対してかなり顧慮され、ちょっと躊躇していました。私は彼らを弟子として受け入れていいという理由を説明したら、馮先生は快く同意してくださいました。後になって又前後して尾崎さん、出口さん、亀井さん、林信之さん、鷹野さん、前野さん、半貫さん、西村さん、橋本さん、長谷川さん及び韓国の高在植さんを弟子として受け入れて、外国人の弟子の中で日本人の弟子が一番多いと言うことになりました。

二、友情を重視する
　日本のたくさんの混元太極拳団体はほとんど毎年北京に来て馮先生に指導してもらいます。彼らはみな太極拳だけ習いに来るのではなくて、主に馮先生の人格の魅力、人間としての道理を習いに来るのだと言っています。馮先生はいつも彼らを遠方から来たお客さんとして接待し、丁寧に太極拳を教えるだけでなく、又情熱を込めて彼らにご馳走し、甚だしきに至っては毎日ご馳走したいほどだと。ある時事前に、今日は私に招待させていただくと合意に達したが、食事が終わって私が支払いに行った時「もう支払い済みです」と言われました。聞いたら、馮先生が支払ったと分かりました。なんだ、馮先生は途中でトイレへ行くという口実でこっそりと支払っていたのでした。それ以来、食事の途中で馮先生が立ち上がって行こうとする時、私たちはみな彼を押さえて、行かせないようにしてきました。そうしないと彼は毎食支払ってしまうので。
　毎回勉強の最後に、生徒さんは馮先生に感謝の気持ち表し謝礼を渡します。その時先生はいつも誠意を込めて「是非筋と骨を傷つけないように」と声をかけていました。そして毎回別れる時弟子たちに「途中で使いなさい」と言って何百元かを手渡します。弟子たち
が受け取らないと先生は無理矢理ポケットに押し込みます。弟子たちはまた感動し涙を流します。
　ここで私は、馮先生が特別に私の家族に対する恩情を回想したいと思います。
1996年息子の許凌は馮先生に混元太極拳を習いたいと言いました。私は許凌の願いを馮先生に話すと、馮先生は躊躇なくすぐ「問題ない。教えますよ」とおっしゃってくださいました。それで許凌は毎朝早く馮先生の自宅まで習いに行きました。馮先生は丁寧に教えるだけでなく、又毎朝教え終わった後、豆乳と油条（揚げパン）を馳走してくださいました。許凌はとても嬉しくて張り切って習ったので上達も早かった。
2000年許凌が名古屋に留学した時、名古屋では混元太極拳を教わった人がいないことを
知り、教えたいと思いました。馮先生はそれを聞いてすぐ紹介状を書いてくださり、支持をしてくれました。大体の内容は次のとおりでした。「許凌先生は私の弟子で、陳式混元太極拳を上手にできます。私は彼が名古屋で教えるのを推薦します」と。馮先生の有力な推薦を得て、そして許凌自身も一生懸命努力しました。教え方も評判良く、すぐに三カ所で教えるまで広がりました。それは許凌を鍛えたばかりでなく、彼の学費と生活費を解決するのにも大いに役立ちました。
　馮先生は妻の劉桂芳にもとても関心を寄せ、特別に配慮してくださいました。日本語の言い方で親しみを込めて彼女を「劉さん」と呼び、毎回地壇公園へ行った時、必ず時間を割いて彼女の練習するところへ行って単独指導してくださいました。
　私の家族は永遠に馮老師の大恩大徳を忘れません。

三、慎重の上に慎重にする
　馮先生はとても注意深く、日常生活中の極めて小さいことに対してもいつも警戒
し、そして習慣になりました。其れは彼が長期にわたって競技場において負けない重
要な切り札の一つだと思います。私は自ら経験したいくつかの例を挙げて其れについ
てお話したいと思います。
　私は余り慎み深くなく、しょっちゅうショルダーバッグの中に貴重品が入っていな
いと思った時はジッパーを開けっ放しにしがちです。馮先生はそれに気づいたら、必ず寄って来てジッパー閉めながら「用心した方がいい。習慣になるべきだ。備えあれば憂いなし」と助言してくださいます。
　もう一つ生涯忘れられないことがあります。2007年11月日本に滞在していた間、馮先生のポシェットのベルトが切れて、私が秀芳さんに伴ってトランクを買いに行く時、馮先生は秀芳さんにポシェットを買って来てくれと頼みました。店へ行ってみたらとても高いので秀芳さんは買いませんでした。戻って馮先生に言ったら馮先生はとてもがっかりした表情でした。その時初めて馮先生がとてもポシェットを重視しているのが分かりました。それで塩井さんに電話して聞いてみたところ「有りますよ」と、早速あくる日の朝持ってきて馮先生に渡しました。馮先生はそれを見てとても嬉しくなって、早速旧いポシェットから物を取り出して新しいポシェットに入れました。私は傍で見ていたら、パスポート、エアチケットの他にまたたくさんの人民元がありました。私はとても不思議に思って馮先生に、そんなにたくさんの人民元を持ってきて何のためですかと尋ねました。馮先生は「万が一思いがけないことが起こったらチケットを買って帰国できるように」と答えました。私は其れを聞いて実に驚いてしまいました。なんと、馮先生は普通の人が起こるはずのないと思うことに対しても予防しているのだ。その時から馮先生はずっとポシェットを腰につけて一刻も体から離さず、甚だしきに至っては太極拳の実技を披露する時、奥さんは「ポシェットを外して、預かってあげます」と言っても、馮先生は「他人に迷惑をかけない」と断ってポシェットをつけたまま表演しました。
　そのような用心の上にも用心と言う心掛けが必要だと言うことはその後の教学中の実践によって証明されました。日本の生徒さんたちに混元太極拳の「引進落空」「四両撥千斤」の奥義を体験してもらうために、馮先生はわざと肩が広く、腰が太い、空手を練習したことの有る生徒さんを舞台に上げて馮先生と推手の手合わせをさせました。しかし、その生徒さんはまだ「始め」と言っていない時に猛然と馮先生に飛び掛かって、不意に襲撃したのです。だが、馮先生はいつも警戒が習慣になっているので、軽く相手の猛攻をかわしてしまいました。馮先生は充分に中国人の「人を害する心はあってはいけないが、人を防する心はなくてはならない」と言う知恵を表しました。

四、人を平等に待遇する
　日本は年功序列の思想の影響が大きい国であり、その影響は日本の太極拳界にも現れています。当時塩井さんは割合に若く、太極拳の歴史もそんなに長くなかった時、馮先生は「人々はみな平等で、身分の高さ、太極拳歴の長さを分別すべきではない。私に習いたい人は誰でも同じように教えます」と言いました。馮先生は言葉だけでなく、その通りにやってきたのでした。毎年親しく塩井さんたちを指導し接待してきたし、一番最初に彼女たちを外国人の弟子として受け入れ、彼女たちが作った組織に「日本混元太極拳連誼会」という名前をつけたと同時に会名の札を書いてくださいました。
　もう一人の若者の名前は鷹野広明と言います。彼も毎年北京へ馮先生に習いに来ま
した。特に2003年SARSの期間に元々鷹野さんと一緒に来る予定だった人たちはみな心配
してやめましたが、鷹野さんは一人でやってきました。その年、馮先生は格別に情熱
を込めて指導してあげただけでなく、鷹野さんの按摩店の看板に題字して励ましました。鷹野さんは涙を流して感動されました。

　馮先生の他人を尊重し、平等に人を待遇する態度は非常に学ぶべきだと思います。
　馮先生の高尚な武徳と優秀な品格は何日回想しても回想しきれないものです。
　馮志強老師は永遠に我々の心の中に生きます。